2012年9月16日日曜日

9月に買った本(中村とうようさん)


実は、9月に買った本ではないです。
正直、買って3ヶ月で、やっと読み終わりました。(なかなかじっくり読んでる時間がないもので...。)
500ページにも及ぶ文章量にまず圧倒されますね。
以前から本書の存在は知ってましたが、ワールドミュージック主体だと思い込んでいたんのと、この分厚さですから、なかなか手が出せなかったんですね。
おそらく、普通に暮らしてる日本人の方だと、まずここに書かれいる楽曲の大半を耳にしたこともないでしょうし、ここに書かれている文章の意味すらさっぱりプーでしょう。最低でも洋楽をかじってることが条件になりますが、さらに深入りしたい人しか買わないですよね、多分。見た目にすでにかなり威圧です。怒られそうですが、そういう本のような気がしますね。
マスプロダクションシステムが支配しているアメリカ音楽産業を、すっかり盲信してしまっている方々に向けて、世界の良質な音楽と聴き比べて見たらどうですか?と問い掛けているのが本書だと思いますが、間違ってますかね?
ブラジル,キューバ,インドネシアあたりだと、もっと最良のカタチで大衆音楽が育まれていますよ...って感じですよね?
アメリカだって、かつては大衆音楽があったのに、商業主義に飲み込まれてしまってますよね...って感じですよね?
大筋はその通りだと思います。でも、出版されてすでに20年近くしてしまっているんで、今の目線だと結果論になってしまうので、それを差っ引いておく必要はありますが、いろいろと無理があるように感じませんか?
アメリカの大衆音楽は50年代までで終わってしまったってことですよね。確かにそうかもしれません。ただ、大衆音楽という括りだけで、アメリカ音楽を語ってしまうのは無理があるような気がします。大衆音楽でなければ、価値なし!って感じに思えてきますよね?
大衆が音楽を育む要素は否定しませんが、アメリカを始め、その影響下の国では、音楽はよりパーソナルな方向に向かっているように見えるものの、聞き手(買い手)と歌い手(売り手)がいる限りにおいてはそれがお互いを高め合う関係であることは変わらず、単にカタチが変わっているだけのような気がします。確かに大量消費が前提であり、ゴミ音楽の量は必然的に増え続けていますし、利益優先でトンデモナイものもあったりはします。ただ素晴らしい人もそれなりにいるのも事実で、その比率は大差ないように思えます。大衆音楽か否かは、あまり重要ではないと思うんです。あまり今のアメリカ音楽に悲観的になることでもないような気がします。(ただ、失われたものも多々あるのは事実で、そこに惹かれている私であったりもするんですが...。)
文中でも、そのあたりを取り上げざるを得なかったのか、唐突にビートルズも出てきたりして、わかりづらいです。
どうせだったら、
1. アメリカ音楽の系譜(大衆音楽がどう商業主義に飲み込まれたか)
2. それに付随する流れ(50年代以降、どう世界を飲み込んでしまったか)
3. 第三国の流れ(アメリカ音楽産業に影響の少ないところでの結実)
と整理してもらったほうがよかったりしません?その中で重要人物・最重要曲を網羅し、それにマッチしたコンピも出す...というほうが、もうちょっと真実がわかりそうな気がしませんか...。
でも、そうすると、3刊くらいに分かれてしまいそうですが、勝手なことを言えばそのほうがよかった気がしますね。
というのも、まだまだそうは言っても、すべて形骸化したと片付けるにはまだまだ勿体無いアメリカ音楽で、またネット時代で、新たな寵児が生まれる可能性も十分にあるでしょうし、遠い時代の話ならわかりますが、たかだか2世紀未満なんで、やっぱりもっと人物や楽曲にスポットを当てて欲しかったです。
でも、こういう本を、この時代に出された意義は大きかったんでしょうね。それだけに、問題提起だけでなく、再構築をして欲しかったです。真実というならば...という意味でです。
ずいぶん勝手なことを言ってるとは思います。ただ、先般読んだアメリカ音楽の本も、ちょっと消化不良な気がしてならなかったです。最初に挑発的な言葉で煽りながらも、最後のオチがないような気がしてしまっただけです。
すいません、音楽評論はやはりそこが限界なんですかね...。
ちょっと残念な気がしました。
でも、ワールドミュージックに挑戦したい人や、まだ商業主義に飲み込まれていないアメリカの古い音楽を聴きたい人には、貴重な本であることは間違いありません。
圧倒的な情報量なので、ぜひ興味のある方は読んでみる事をオススメします。

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